東京貧乏暮らしI―ローン地獄+ボーナスなし

2ヶ月以上放置していたブログにも関わらず、アクセス数が増加しています。

だらしねぇ状態を戒め、今日から定期的に更新します。

とりあえずモチベーションアップのために、東京での貧乏暮らし時代について述懐したいと思います。

夢の東京生活、待っていたのは貧乏暮らし

地方で平凡な少年時代を過ごした後、大学進学のために上京。奨学金とアルバイトで賄う暮らしは大変だったが、非リア充な生活もそれなりに楽しかった。

地獄の就職活動戦線も何とか乗り越え、内定をゲット。無事に卒論も提出し、後は卒業するのみ。

4月からの社会人生活は不安だらけだが、「少なくとも貧乏暮らしからはオサラバ」できる。そう思っていた時期が私にもありました…。

ローン地獄の始まり

学生時代に住んでいた街から会社までは、電車を乗り継ぎ片道1時間半。さすがにこれはキツいと思い、45分で会社に行ける場所に引越し。

家賃は1万円ほど上がったが、定期収入があるしまぁいいか。それにベッドや本棚も欲しい。というわけで家具屋でさっそく購入。ベッドと本棚で合計6万円。

引越し代ですでに貯金は底をついていたので、クレジットカードの分割払いで購入。

会社説明会では夏と冬に最低でも1ヶ月分はボーナスを支給すると聞いていたので、ボーナスで一気に返済しようと計画。

これが大きな過ちの一つだった…。

残業なし+ボーナスなし

入社初日に行われた労働条件の説明。確かにボーナスは夏・冬に1ヶ月分支給すると書いていたが、最後に担当者からさりげなく「昨年は業績悪化によりボーナスは支給しませんでした」の一言。

暗欝たる気持ちに陥るが、残業が原則として禁止と聞いてさらに絶句。

残業がないから良心的な会社だと思ったら大間違い。

残業代は払いたくないが、サービス残業はさせないという妙な拘りによって、勤務中は1分と気を抜けないほどの作業量と集中力を要求される。

酷い日には昼休みは実質15分。それどころか、仕事が終わらないので朝早く出社する日も多々あった…。

もちろん、OJTという名の元に即実戦投入されたのは言うまでもない。

どうしても仕事が終わらない時は残業が認められたが、「君は残業代で会社に負担をかけている」と怒鳴られる始末。しぶしぶ支払われた残業代は月に5000円…。

こうして胃に穴が開きそうな生活を送りながら、待ちに待った6月。果たしてボーナスは…?

はい、当然のように振り込まれず。

それどころかボーナスの支給に関しては何の連絡もなし。まるでボーナスなどそもそも最初から存在しなかったかの様な空気が社内に流れる。

正式な通達は、8月の長期連休前に「冬こそはボーナスを出せるように頑張ってください」とさりげなく社長が述べた時だった。

脆くも崩れ去った、毎月5万円貯金の夢

貧乏な学生生活のため、貯金がほとんど出来なかった私は、働き始めたら毎月5万円は貯金しようと夢見ていた。

毎月5万円×12ヶ月で60万。ボーナスが夏・冬で合計2ヶ月分あるから、20万追加して1年間で80万は貯金できるか。

いやいや、多少は残業があるだろうから、その分もう少し頑張れるだろう…ひょっとしたら100万円いくかも?とタヌキの皮算用をしていたのであった。

残業なし・ボーナスなしの時点で、すでにこの構想が破綻してたのはお分かり頂けるだろう。

加えて、東京の高い生活費、特に家賃(毎月7万円オーバー)+毎月のローン返済(1万円少し)が重く圧し掛かる。ローンは9月に返済が終わったが、今度は10月から奨学金の返済が始まるのであった…。

しかし、諦めきれぬ貯金の夢。毎月5万は無理でも、せめて3万は貯金したい。

というわけで大学生時代よりも切り詰めた節約生活が始まる。手始めに食費から…。

しかし、ただでさえ飯事情の悪い東京、貧しい食生活は確実に心身に悪影響を与えていくのであった…。

東京貧乏暮らしIIに続く。

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